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母ロス = 母の最後のメモ = [母と]

 
No.4168(So-net 1880+ Diary 2288) 2016年Blog WebDiary Since 2002

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1月22日(日)

いつものようにコップの水を取り替え、お線香をあげます。

祭壇には前日にお供えした鯖の味噌煮とご飯が手向けてあります。
斉藤さんが持ってきたお供えもののうち残った大学芋はもう僕が頂きました。

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油壺にやってきました。

この日は風が強くて入りくんだ湾の中でも波立ってます。

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何日もここに通いましたが、こんな日は始めてです。

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富士山がうっすら見えています。

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母が見ていた風景。

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これが見納めです。

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富士山を見るのは辛くなると書きましたが、

いまはその気持ちも収まってきました。

家族葬+アルファ = 母と富士山 =:IDEA's Gallery

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1時間くらいかけて部屋をきれいに片付けました。

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誰かこの風景に癒されて幸せな老後を過ごされるといいな

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母がこのホームに慣れようと同じ階の人とここで話してたのを思い出します。

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こんな白波が立つ日にお別れです。

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そして、片付けた物の中にもう1つのメモ帳がありました。



母ロス = 寝ても起きても大儀? =:IDEA's Gallery

この12月14日(水)が母の残した最後の言葉かと思いましたが

12月18日(日)まで残してたのです。

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28、12、2日(金)

ここには死後の手配を書きつづっています。

「直樹、篤子さんお世話になりました。12/2」

この頃すでに、死期を悟っていたのです。

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この頃から記録することも難しくなってきたのです。

このことに僕をはじめ誰もが気づいてませんでした。

「つらい つらい」

それなのに、僕は母をただ励ますだけでした。

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これが最後のメモです。


6時半ころコールが入って行ってみたら痰が絡んだのか呼吸困難になり
いま救急で病院に向かってると油壺のヘルパーさんの携帯です。
母の死:IDEA's Gallery

僕はいままでヘルパーさんの言葉から痰が絡んで呼吸困難になり
それで急性肺炎から、急性心不全になったと思っていたのです。

そうじゃなかった。

母は12月から「もうダメだ」とづっと言ってきたのですが
それは本当にそうだったのです。

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このメモ以降、つまり油壺に移ってからはメモもありません。

痰が絡んで呼吸困難になったのではなく、死期が近づいて
それで痰も吐き出せなかったのです。

それをいままで、11月まであまりにも元気だったので
もう一度あの元気な、スーパー元気な母に戻ると信じてたのです。

メモが残せないほど、弱っているふうではなかった母。

死期を悟っていたのです。

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後悔ばかりが残ります。







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paula

メモを拝見して、つくづく感心いたしました。
人生を全うされた素晴らしいお母様です。

by paula (2017-01-24 18:43) 

いであ

paulaさん、ありがとうございます。
本当に素敵な母でした。

by いであ (2017-01-25 05:17) 

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