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死ぬことと生きること = 置き去りの不明男児 = [徒然に]

 
No.3937(So-net 1649+ Diary 2288) 2015年Blog Web Diary

また夢を見た。


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自衛隊も捜索参加
時事通信 6月1日(水)10時26分配信

北海道七飯町の山林に北斗市の小学2年田野岡大和君(7)が置き去りにされ、行方不明になってから5日目の1日、陸上自衛隊も加わって約200人態勢で捜索が行われた。写真は、捜索に向かう陸自の車両。
自衛隊も捜索参加(時事通信) - Yahoo!ニュース

いまこのニュースが頭から離れなくて、夢にまで見てしまう。



[ 454] かわいそうな北斗! 2003/12/26 (金)

ウェインはいままでいっぱい怪我をしてきた。



[ 753] 北斗の怪我、そして田臥選手 2004年11月4日 (木)

こうして怪我しても無事にきたのも運命だと思うのだが、
この北海道の事件を聞くといたたまれない思い出がある。



それは1990年9月8日(土)の夜だった。

僕らは前日金曜日の夜、ITNのACE、ピエロン夫婦を調布でピックアップし姫木平のペンションレンガ屋に向かった。
同じITNのYさん、カナイさん夫婦とともにアルペンカップというテニスの草トーナメントに出場するためだ。

北斗は小学校の低学年から新幹線に一人で乗り、広島県の福山のおばあちゃんのところまで出かける子だったので、僕らと別に土曜の午後学校を終えてから一人で列車に乗り、中央本線の茅野からバスで白樺湖まで来る事になっていた。
思えばこの茅野から白樺湖を通り、大門峠を越える道こそが国道152号線だったのだ。

さて土曜日の一日、テニスの予選を終えすでにお風呂も入り、夕方の5時前だったと思う、北斗を迎えに白樺湖に向かった。

夕方5時とはいえ、山はすでに暗くなり始めていた。僕は白樺湖畔のバス停で20分は待っていた思う。バスが2台行き過ぎても北斗の姿は見えない。僕は何かあったのかと思ったが、ここにいるよりはペンションに戻って、連絡を待った方がいいと思い、まずはペンションに引き返した。

時間は6時を過ぎても何の連絡もない。回りはすでに真っ暗。心配性のYさんなどはずいぶん心配していたと思う。
しかし僕は確信を持って心配はしていなかった。と言うのも、彼は普通の子と違っていたからだ。
それは幼稚園の頃、彼から聞いて知った話なのだが、友だちと自転車(子供用の補助輪がやっと外れたような)で池上本門寺まで冒険旅行に出かけたのだ。しかし彼らは道に迷ってしまったのだ。
ところが、どこをどう走ったか大きい道路に出た彼らは、行き先に「大森駅」とあるバスを発見し、この道を行けば家に戻れると、必死に自転車をこいでバスを追いかけたのだ。案の定バスには追いつけなかったが、見慣れた道路に出てきた彼らは、夕方近く家に帰ってきたのだ。彼が幼稚園の話だ。

彼はこの時すでに小学校6年生だった。そんな話をしながらペンションで待っていたが、さすがに心配になってきた。
すると、なんと北斗がペンションに来たのだ!(実はこれには驚いた。)僕はただ連絡を待っていたのに。
彼は僕と会えないと知ると、ペンションは何回か行った事があると一人歩き出したのだ。白樺湖からペンションまで6キロくらいか。しかし大門峠は標高1500mはある。白樺湖から峠を登り国道152号線を歩き出したのだ。
(国道152号線は、今年の夏に北斗が写真の自転車旅行で通る事になる。)
大門峠を越えるとつづら折りの下り坂になる。あたりは森林地帯。当時は街路灯はなく、本当に真っ暗だっと思う。しかし運良く、彼はペンションに向かう自動車に拾われペンションまで来たのだ。それはそうだろう。真っ暗な山道を子供がとぼとぼ歩いていたら、何だと思うだろう。運が良かったのだと思う。

運が良かったで思い出した。彼は一度死にかけている。 幼稚園の年少の頃、膵臓にウィルスが入り低血糖になり、意識がなくなったのだ。救急で日赤に行ったがここでは処置できないと、東邦医大に回され、あと数時間遅かったら危なかったと言われた。
(実はその時も僕は仕事でいなく、父が彼を運んだ。いつも大事な時にいないと、それからずっと言われている。)

彼はその時1ヶ月間、一人部屋に隔離され入院させられた。忘れもしない暮れの12月24日から1月いっぱいだ。
そして、その病気が元でその後10年間ほど、彼は年に数回通院する事になる。低血糖で脳に障害が残るのではと心配させられたが、いま東工大にいるのだから低血糖でなければ今ころは天才か?(あはは)
親ばかついで書くと、彼はこのペンション一人行き事件の2年後の中学2年で、世界チャンピオンになっている。
こうやって思い出すと、あっという間の事のようだ。彼はこれを読むとまた怒るんだろな。
[ 766] 北斗(Charles's Wain) 2004年11月17日 (水)

もしかしたら、北斗と北海道で行方不明の男の子は紙一重なんだと思う。

大門峠を越えるとつづら折りの下り坂になる。あたりは森林地帯。
当時は街路灯はなく、本当に真っ暗だっと思う。しかし運良く、
彼はペンションに向かう自動車に拾われペンションまで来たのだ。

北斗はたまたま運良く自動車に拾われた。
しかし北海道の子はいまも行方不明なのだ。

死ぬことと生きること:IDEA's Gallery

つくづく思う。
死ぬことと生きることは紙一重なんだと。

眠れぬ夜は続く。







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コメント 5

paula

ウエインさんのこの話は日記で覚えています。
知恵は大きいですが、運も大きい。
本当に心配なニュースです。1日も早く無事に見つかってほしいと願うばかりです。
警察犬でも手掛かりなしというの不思議です。
by paula (2016-06-02 06:01) 

いであ

paulaさん、
この事件は本当に僕らが運が良かったのだと思い知らされます。
一つ間違えば、北斗はペンションに来れなかったです。
当時は呑気に考えてましたが、いまこの事件を思うとそう思います。
男の子が見つかるまで、気が休まらないです。

by いであ (2016-06-02 06:43) 

paula

男の子が無事に保護されましたね。ほっとしました。
詳しいことはまだわかりませんが、良かったです。
by paula (2016-06-03 08:44) 

いであ

ホント?!
ニュース見て、聞いてみます!

by いであ (2016-06-03 08:53) 

いであ

演習場の建物の中にいたのですね。
良かった〜

by いであ (2016-06-03 09:03) 

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