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科学より大事なもの「小保方コピペ問題」 [意見・反省・研究]

  

2014年3月14日(金)月歴2月14日 2013年Blog

僕は小保方問題について二度FaceBookにシェアしました。

NatureandD[1].jpg
保方晴子のSTAP細胞論文の疑惑
3月10日 Idea いであさんと山邉 北斗さんがリンクをシェアしました。


山邉 北斗
こいつはまずいね。STAPに関係ない小保方氏の博士論文の画像がSTAP natureに流用疑惑か。これどこに着陸させる気かね。


最初のころは僕も訳が分からず、ただ科学者である北斗のシェアを
そのままシェアしたのです。

そして2回目がこれです。
長くなりますが、FaceBookを"コピペ"します。(笑)

trd14031200550000-p1.jpg
保方氏の博士論文 20ページが米NIHサイトとほぼ同じ
3月12日 Idea いであさんがiOSでリンクをシェアしました。


Idea いであ
これでアウトかな?


山邉 北斗 これ冒頭部分だからさほどこれ自体がそこまで問題なわけじゃない。20ページはコピペやりすぎだけど。
それより実際の実験データに画像の切り貼りがあるのが大問題。

Idea いであ 博士論文ってそんなにコピペが普通のことなんだ?!

山邉 北斗 20ページは引用じゃないね。引用ならNIHのURLなきゃダメ。表現の一部を使うのは結構やる。英語ならなおさら。
もちろんコピペはいけないことなんだけど、ことの問題はそこじゃないんだよね

Idea いであ 佐村河内の時はバカな奴ですんだけど、今回は日本の科学そのものに関わるよね。

山邉 北斗 こういう大発見と呼ばれるようなものこそ再現性をしっかり担保しておかなければならないものなのに・・・,今回の話はそれ以前の話。韓国のファンウソクやヘンドリクスシェーン騒動と一緒になりかねない。

国 ファンウソク
黄禹錫 - Wikipedia


ヘンドリック・シェーン - Wikipedia

Idea いであ 「ひるおび」で丁寧に解説してて、分かった。
僕は画像の使い回し、実験の再現性よりも、この博士論文のコピペの方が罪が大きいと思うよ。
科学者はどんな論文だろうと一行たりともコピペしたら、それは犯罪に等しいんだよ。
人の言葉をあたかも自分が書いたがごとく発表したら、それは犯罪だろ!
そういう大事な事を日本の大学では教えていないのだろうか?
だから論文のコピペなんて最低の事が起ったんだよ。

山邉 北斗 一般的に言えば画像使い回し(データ捏造)の方が大罪。イントロのコピペも大概だけどしょせんイントロだし,これで内容に間違いがなければ別に補正ですむ話なんだよ。内容側に重大な瑕疵がある点の方が大問題。

Idea いであ 例えば科学者の論文の1行のコピペは、司法書士での一回のカンニングに等しいだろ?
司法書士のカンニングが一回でも通らないのと、論文のコピペが一行でもダメだのと一緒だと、今の科学者は教育されてないのだろ。
この事件をきっかけに正される事を願うよ。

山邉 北斗 コピペされてるのはあくまで研究のバックグラウンドの説明に当たる部分。コピペしていいって言うわけじゃないけど所詮イントロ。誰が書いても似たような話になるところなんだよ。
イントロのコピペとデータ捏造(疑惑)は全く別の次元の話。イントロが剽窃であっても内容が正しければ補正で済む。内容を捏造していたらいくら素晴らしいイントロを自分の言葉で書いていてもNG。イントロをコピペしていたから小保方けしからん,というのは事の本質を見誤る。

Idea いであ イントロのコピペくらいという認識が今回の事件の温床だよ。
日本の教育に警鐘を鳴らさないと今回の事件が無駄になる。
この件は明日のブログに書くから、また返事欲しい。


さてここからが本題です。
僕は小保方氏はアウトだと思います。
小保方氏は科学者である前に人間として失格だと思うからです。

北斗も書いています。
「コピペはいけないことなんだけど、ことの問題はそこじゃないんだよね」

僕はこのコピペこそが問題だと思うのです。
北斗は「画像使い回し(データ捏造)の方が大罪」と言います。

しかし、待ってください。
データは科学です。コピペは人間性の問題です。
どちらが根源的でどちらが大事かという事です。

小保方氏がコピペしたのは早稲田大に提出した英語の博士論文の冒頭部分です。
つまり「はじめに」や「この論文を書くにあたって」「序」など
科学者がこの研究についての"自身の思い"を書くべき部分です。
北斗は言うように論文の内容とはまったく関係ないかも知れません。

しかし!僕はこの冒頭部分こそが、その科学者の人間性が表れるところだと思うのです。
「始めよければ全てよし」
僕はプログラミングもするのですが、最初が肝心なのです。
囲碁、将棋もそうです。序盤に時間を費やします。序盤で勝ち負けは決まるのです。
僕はそれほどの「序」は大事ですし、その人そのものだと思うのです。

科学は何のためにあるのか?
人間のためです。科学そのもののためではありません。

そういう「序章」を他人の文章をそのまま載せた小保方氏はアウトです。
何をどう研究してこようが、それだけでアウトです。

そしてそれ以上にアウトなのはコピペです。
どうも科学者の認識が甘い。
「コピペはいけないことなんだけど、ことの問題はそこじゃないんだよね」

僕は「序章」を手を抜いたこともさることながら、コピペに関して
どうも科学者は少しのコピペなら良いだろと考えていることです。

これは驚くべきことです。

今や論文が学会にあげられる数は、十数年前の十数倍にあがってるそうです。
それも秒をおっての数の論文があげられ、その競争は熾烈だそうです。

しかしだからなおさらコピペは許されないのです。
特に日本など英語が母国語でない科学者は大変だと思います。

だったら序章はコピペしてしまえ!
そんな考え方が垣間見えます。

これは日本の教育の問題でもあると思うのです。

以前は手書きの論文でした。(いつの話だ?(笑))
数多くの文献を本で見聞し、手で書いていたらこんな問題はなかったのです。

論文を書くのに他の文献を見て、同じ意見同じ内容の個所が出てきても
手書きなら、自分の言い回しに書き直し、自分の文章に出来ます。
他人の文献を漁ることも並大抵の事ではなく、そこにたどり着いた事だけでも
その人の仕事のうちだと言ってもいいでしょう。

しかし今やコンピューターとインターネットで他人の文献をコピペする事は
日常茶飯事になってしまったのです。

いまやコンピューターは勉強には高校生まで必須アイテムになりました。
いずれ中学生や小学生でも使いこなす時代になるでしょう。

そうした時にコピペをしてそれを自分の文章であるかのようにすることは
犯罪であるかを強く、しっかり教えなくてはならないのです。

そういう教育がなかったために、今回の事件が起こったと僕は思うのです。
ですから、僕は小保方氏の師にあたる方も同罪だと思うのです。
小保方氏の先生は科学しか彼女に教えてこなかったのではと思うのです。

いや日本の科学者はコピペに関して、もう一度猛省してもらいたいのです。
「あなたは一度もコピペをして他人の文書を自分の論文に使いませんでしたか?」

ちなみに、僕のブログでもどうしてもお店の紹介などをコピペすることあります。
しかし、そのまま載せるなどという事はまったくありません。
自分の言葉に置き換えて、自分の文章にしています。

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