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男の宿す世界「パックス・ジャポニカ」 [意見・反省・研究]

  
平成24年3月5日(月)月歴2月13日 2011年日記
  
平成24年壬辰(みずのえたつ) 如月(きさらぎ)・2月13日
節気:啓蟄(冬ごもりしていた虫たちが早春の光あび土を啓ひらき這い出してくる)
第七候:蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく=虫たちがぞろぞろ土から顔を出す)

龍馬に足りなかったもの」はいかがでしたか?稚拙すぎましたか?
それとも、少しでも何か共感出来るところがありましたでしょうか?

song4uさんには意見いただき、感謝します。今日もコメントの返事を
あえてsong4uさんのコメントもそえて書かせて頂きます。

さてその前に「パックス・ジャポニカ」の説明を少しさせてください。
もちろん今ではパックス・ジャポニカなどと言う人はあまりいません。

この言葉はパクス・ロマーナから始まっています。
(ラテン語:Pax Romana (パークス・ローマーナ))とは、「ローマの平和」を意味し、ローマ帝国の支配領域(地中海世界)内における平和を指す語である。パクス(パークス)とはローマ神話に登場する平和と秩序の女神である。 18世紀のイギリスの学者エドワード・ギボンが『ローマ帝国衰亡史』のなかで五賢帝の時代を「人類史上もっとも幸福な時代」と評し「パークス・ロマーナ」というラテン語の造語で表現してから一般に広まった。

しかし僕の意図するのは大英帝国のパクス・ブリタニカ、そして現代における
パクス・アメリカーナとは違います。そんな覇権主義ではもちろんありません。

パックスジャポニカ:日本がリードする平和。日本の経済力を背景にした平和。
平和主義を前提として、世界に冠たる日本を築きあげよう!」という意味です。

2009113005.JPG

坂の上の雲」なのです。明治の無骨な青年たち秋山好古、秋山真之、
正岡子規らが、登って行けばやがてはそこに手が届くと思い描いた世界。

その思いの再現なのです。どうですか?荒唐無稽ですか?そうではない。
石原慎太郎も、橋下徹も、河村たかしも…同じ思いだろうと思うのです。

自民党も民主党も好きではありませんが、石破茂も同じだろうと思うのです。
男たちは国家を語る時、国の元首だろうが誰だろうが思いは同じなのです。

とにかく、これを正々堂々と言わない限り、日本の戦後は終わらないのです。
日本には駐留米軍が戦後のまま居座り、アメリカ抜きにして国防を語れない。

軍隊。憲法に書いてある事と、まったく違った状態でもなんの疑問を感じず
のうのうと呑気に暮らす国。無節操、無思考。それが私たちの日本なのです。

そろそろ敗戦の呪縛から放たれ、堂々と前を向き歩こうではありませんか!
それがパックス・ジャポニカという言葉なのです。

また熱くなりました。すんません。さてここで昨日のsong4uさんコメントです。

日曜にもかかわらず、今日はひと仕事するハメになり、コメントが大幅に 遅れてしまいました。申し訳ありません。

さて、品川女子学院。 糀谷から品川まで、京急で通勤していたぼくは、第一京浜沿いに建つ 北品川の茶色の校舎を、ほとんど毎朝のように電車から眺めてました。 でも、そういうポリシーを持った学校だったとは、全然知りませんでした。 28project、練られてますよねえ。さすがだと思いました!

>教育論から国家論に発展してしまいました。

最終的にそうなるのは必然だと思います。 しかし、そこまで話が大きくなってしまうと、なかなか身体が動くような 具体的な方策に結びつかないような気がして、なるべく小さなテーマに ブレークダウンして考えたいと常々思っていました。 でも、せっかくだから、話の大小に関係なく、もう少し突っ込んで考えて みようという気になりました。

ぼくは全然詳しくなく、お恥ずかしい限りなのですが、ひょっとすると龍馬 の仕事にも足りないものがあったのだろうと思います。 また、もしも龍馬が十分なものを残していたならば、今よりももう少しマシ だったんじゃないか、とも思います。 しかし、今、ぼくは思います。本質的で圧倒的な間違いは、終戦直後の 約10年間で確立されてしまったのではないか、と。 龍馬がいくら十分なものを残していたとしても、結局、戦後の10年間で 跡形もなく霧散することになってしまったのではないか、と。

やはり、鉄は熱いうちに打たねばならなかったのではないでしょうか? ぼくが思うに、「日本」という鉄は、諸般の事情により熱いうちに打つことが できなかった。それは日本が持つ特殊性であり、アメリカのエゴであり、 敗戦による自らの方向性の喪失(消極的にではあるが、自らもそう望んだ) だったように思います。 極めて残念ではありますが、何でもいいから、しゃにむになれるものに 自らを委ねることによって、敗戦の悪夢を忘れようとしたのでしょうか? そう考えると、先人たちの想いに、同情の念を禁じ得ません。

問題なのは、その後、ほとんど何の手も打たなかったことです。 終戦直後の10年間はやむを得ません。 しかしその後、軌道修正する機会は山ほどあったはずなのに、漫然と 時を過ごしてしまったのではないか? 恐らく好景気に沸き、冷静に自らを見つめ直すチャンスを逸してしまった ものと思われます。

うーむ、やっぱりテーマが大き過ぎるのかもしれません。 その証拠に、ぼくは単なる評論家発言に終始している感じです。 それだとあまり意味はないんですよね。身体が動かなくてはね。 ちょっと小休止。^^;
by song4u (2012-03-04 20:12)

>しかしその後、軌道修正する機会は山ほどあったはずなのに、

いや、僕はやっとその機が熟したのだと思います。

先日の南京虐殺について、河村たかし名古屋市長は軽率な発言でしたが、
それに石原慎太郎都知事も「発言そのものは間違っていない」と擁護する。
こういう事がそろそろ機が熟した事への現れだと思っているのです。

教育問題も、国家論も根っこは同じです。国家、民族そして家族を愛する事を
どうどうと謳わない国民が気持ちを一つにする事など無理なのです。

いや、いままでもパックスジャポニカはあったのだと思います。その思いが
戦後の日本をここまで立ち直らせた。しかし、ここまでくると漫然とした不文の
意識だけでは「さて、ここからどこへ行くのだろう?」戸惑うばかりなのです。

だから右往左往する。教育現場も国旗掲揚、国歌斉唱などでガタガタする。
こんな話は問題外です。これが敗戦国のゆがんだ姿だったのです。

さて、来年は衆議院の改選です。実はうちは赤坂議員宿舎の出入り業者で
解散すると3ヶ月は一挙に仕事が減るので困るのですが、しかし今年は違う。

去年震災がなければ民主党はとっくに解散に追い込まれていたと思います。
国民にとって幸か不幸か、震災のおかげでなんとか民主党は持ちこたえた。

そんな事をしている間に橋下大阪市長が出てきた。面白い事になってきました。
彼ももちろん改憲論者す。自民党も改憲論を掲げるが既成政党にはあきあき。
来年の解散まで、まだまだ紆余曲折があります。政治に目が離せないのです。

>鉄は熱いうちに打たねばならなかったのではないでしょうか?

はい!いまその時期だと思うのです。今日も長くなりました。熱く語りましょう!

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song4u

いであさん、直球勝負ですねえ。そして青い!^^;
ぼくも青さでは決してヒケを取りませんが、直球のスピードは負けてるなあ。
ま、いいでしょう。ぼくは青さ一本で勝負しますから。(笑)

>いや、僕はやっとその機が熟したのだと思います。

いやいや、それはやっぱり違うと思います。
やる気さえあったなら、チャンスは数えきれないほどあったはずです。

ただ、何度目かは分かりませんが、今もそのチャンスの1つではないのか?
・・・と問われれば、恐らく答えは“Yes”だろうと思います。
そして、過去にチャンスを逸し続けていると指摘している本人(=ぼく)が、
こんなチャンスに指をくわえたまま何もせず見過ごすつもりなのか?
・・・と問われれば、もちろん答えは“No”に決まっています。

つまり、今がその機か?という問いならば、答えは“Yes”。
しかし最大の問題は、だから何をどうするのか?ということ。
どっちを向いて、誰に向かって、どういう作戦で、何を言うのか??
by song4u (2012-03-05 22:27) 

いであ

song4uさん、お忙しいところ、おつき合い頂き、本当に感謝です!
特に日曜日は臨時の出社。そして月曜日はいつもお忙しいのに…

さて、「習ってない漢字使うな」という学校現場のニュースから
ついには国家の話まで大風呂敷を広げてしまいました。
ただ、僕にとってBlogは自分の意見、考えをまとめる場なので
ここで結論を得ようなどとは毛頭思ってないのです。
自分の考えをどこか、例えば飲み屋で話した時に終始一見して
意見が言えるようになればいいと、そう思って書いているのです。

今回、数回にかけてたどり着いた結論「パックス・ジャポニカ」は
僕にとって大きな成果と言ってもいいと思います。
また「教員試験にギャップイヤーを採用しよう!」も大きな成果です。
しかしもちろん、これを得てどうしようというものでは、ありません。

>>いや、僕はやっとその機が熟したのだと思います。
>いやいや、それはやっぱり違うと思います。
>やる気さえあったなら、チャンスは数えきれないほどあったはずです。

>>いや、僕はやっとその機が熟したのだと思います。
>いやいや、それはやっぱり違うと思います。
>やる気さえあったなら、チャンスは数えきれないほどあったはずです。

ぜひ、この話の続きをお会いしてやりたいものです。
来月の第一金曜日の夜ですか?(笑)

本当におつき合いいただき、ありがとうございました!

by いであ (2012-03-06 06:54) 

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